「属人化は良くない」
業務改善やマニュアル整備の話になると、よく言われる言葉です。
たしかに、特定の人しか分からない状態は、組織にとって大きなリスクです。
その人が休む、退職する、異動する。それだけで業務が止まるのであれば、安定した運営はできません。
ただ、実際の現場を見ると、属人化を単純に“悪”と切り捨てられないケースも少なくありません。
むしろ、長年現場を支えてきた人ほど、良くも悪くも属人的です。
- 誰に何を頼むか
- どの順番で動かすか
- どこでトラブルが起きやすいか
- 誰にどう伝えればうまくいくか
そうした判断は、日々の経験の中で積み重なっていきます。
つまり属人化とは、単なる「手順不足」ではなく、現場で育った暗黙知が個人の中に蓄積されている状態でもあります。
だから本当に重要なのは、属人化をゼロにすることではありません。
重要なのは、
「その人が、どういう考えで判断しているのか」
を整理し、次の人へ引き継げる状態にすることだと思っています。
属人化の本当の問題は、「判断基準」が共有されていないこと
属人化というと、
- 業務がブラックボックス化する
- 引き継ぎできない
- 教育しづらい
- 担当者がいないと業務が止まる
といった問題が挙げられます。
もちろん、どれも間違いではありません。
ただ、実際の現場でより深刻なのは、
「なぜその判断をしているのか」が見えないことです。
たとえば、ベテラン社員が、
- この案件は急いだ方がいい
- このお客様には電話のほうがいい
- この人には細かく説明したほうがいい
と判断していたとします。
周囲から見ると、なんとなく感覚で動いているように見えるかもしれません。
しかし実際には、その裏側には、
- 過去の失敗経験
- 顧客との関係性
- 現場特有の事情
- 長年の経験則
があります。
つまり属人化の本質は、
「判断基準が個人の中に閉じ込められていること」
にあります。
属人化は、“できる人”が現場を支えてきた結果でもある
属人化という言葉には、どうしてもネガティブな響きがあります。
ただ現実には、属人化が起きるのは、その人が長年現場を支え、状況に応じて判断し続けてきたからでもあります。
業務は、いつも手順通りに進むわけではありません。
例外対応もあれば、関係者との調整もあり、マニュアルに書ききれない判断も発生します。
その中で現場を回してきた人ほど、
「この場合は先に連絡したほうがいい」
「この相手には説明の順番を変えたほうがいい」
「ここは形式より関係性を優先したほうがいい」
といった判断を自然に行うようになります。
これは問題というより、現場で機能してきた知恵です。
だからこそ必要なのは、その人を否定することではなく、
「なぜそう判断していたのか」
を言語化して残すことだと思っています。
事業承継の現場で見えた、「継承すべきもの」

以前、農業事業の事業承継に関わるヒアリングをしたことがあります。
地域の農家約60人をまとめるグループで、中心にいたの60代の経営者でした。
その方は人当たりが良く、地域との関係も深く、長年そのグループを支えてきた存在でした。
一方で、運営の多くはかなり属人的でもありました。
- 誰に何を頼むか
- 誰には電話し、誰にはメールを使うか
- どのタイミングで声をかけるか
そうした判断を、長年の経験と人間関係の中で行っていたのです。
そして事業を引き継ぐ息子さんは、父親とはかなりタイプの違う経営者でした。
とある事業で9つの事業所を経営しており、父親のように地域との関係性をベースに動くタイプではありません。
比較的ビジネスライクで、いわゆる“昔ながらの親分肌”とは違うタイプです。
正直、最初は、
「今まで人間関係でつながっていた部分が崩れるかもしれない」
とも感じました。
ただ、その息子さんは、「マニュアルを残そう」という考えを持っていました。
さらに、手順書はもちろんのこと、イレギュラー対応や属人定な業務の考え方などもマニュアルに落とし込んでほしいという要望も。
そこで私に依頼があったわけですが、普通はその考えには至りません。
重要なのは、父親を完全コピーすることではありません。
本当に継承すべきなのは、
- 何を大切にしていたのか
- どういう基準で判断していたのか
- なぜその順番で動いていたのか
という“判断の背景”です。
やり方は次の世代に合わせて変わってもいい。
ただ、判断の軸が継承されなければ、運営の質は引き継げません。
良いマニュアルは、「手順書」だけではない
マニュアルというと、
- 操作説明
- 作業手順
- フロー図
をイメージする方が多いと思います。
もちろん、これらは重要です。
ただ、実際に機能するマニュアルは、それだけでは不十分です。
なぜなら、現場では必ず想定外のことが起こるからです。
そのときに必要なのは、細かな手順以上に、
「何を優先するか」という判断軸です。
実際、某飲食店の大手チェーンでも、単なる作業手順だけではなく、
- 行動指針
- 考え方
- 接客姿勢
- 優先順位
といった“判断基準”が共有されています。
つまり、本当に重要なのは、「何をするか」だけではなく、
「なぜそうするのか」まで共有することです。
この意味で、企業理念や行動指針も、広い意味ではマニュアルの一部だと思っています。
迷ったときに立ち返れる基準があり、その上に個別の手順書が積み上がっていく。
そうした構造になって、はじめてマニュアルは現場で生きたものになります。
実際の業務マニュアルでは、単に手順を書くのではなく、
「どこまでルール化するか」「何を共通認識として持つか」を最初に整理することが重要になります。
業務マニュアル作成の考え方については、以下の記事でも詳しく解説しています。
>>業務マニュアルの作り方|品質を安定させるために最初に決めること
本当に資産になるのは、マニュアル本文より「基準」
以前、SaaS系の大規模ドキュメント整備で、約200本のマニュアル制作に関わったことがあります。
最初から認識が揃っていたわけではありません。
UI表記、説明の粒度、用語、導線、見出し構成など、細かな違いがありました。
クライアント側が細かなサンプルを作っていても、実際には毎回完全に統一できるわけではありません。
レビューを重ねる中で整理していったのは、
- なぜこの書き方にするのか
- どこまで説明するのか
- 利用者がどこで迷いやすいのか
といった、“書き方の前提にある基準”でした。
結果として残った価値は、200本の記事そのものだけではありません。
本当に大きかったのは、
「どういう基準でマニュアルを作るか」
が整理されたことでした。
マニュアル本文は、UI変更やシステム改修でいずれ古くなります。
しかし、判断基準は残ります。
だからこそ、本当に資産になるのは、文書の量よりも、
「どう判断するか」という基準なのだと思っています。
属人化は、否定するものではなく、継承できる形に変えるもの
属人化を完全になくすことは、現実的には難しいと思っています。
特に創業者やベテランほど、強い判断力と経験を持っているぶん、どうしても属人的になります。
問題なのは、その状態を放置してしまうことです。
必要なのは、
- 業務手順の整理
- 判断基準の言語化
- 情報共有の仕組み化
- 教育設計
- マニュアル整備
によって、その人の頭の中にあるものを、他者が使える形に変えていくことです。
重要なのは、「属人的な人を排除すること」ではありません。
人の中にある判断を、仕組みとして継承できるようにすることです。
まとめ|属人化の解決は、「標準化」だけでは足りない
属人化の問題は、単に手順書がないことではありません。
本質は、現場で機能してきた判断基準が、個人の中に留まってしまっていることです。
だから、属人化対策として本当に必要なのは、業務を機械的に標準化することだけではありません。
その人が何を見て、何を重視し、どう判断していたのか。
そこを整理し、次の人でも使える形へ変換することです。
MANUAL EXPERT では、業務マニュアル制作やナレッジ整備、業務整理・運用支援などを通じて、現場で運用され続けるドキュメント・業務基盤づくりを支援しています。
業務ヒアリングをもとに、業務理解・構造整理・運用設計まで一貫して対応しています。
また、マニュアル制作や業務整理、大規模ドキュメント整備などの実績については、以下もご参照ください。
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